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アニメの名言から学ぶ!

アニメやエロゲの名言とかから何かを学びつつ、それに関する自分の考えとか体験談を書く。また、物語シリーズで私のお気に入りキャラである貝木泥舟さんっぽく最後にその日の記事から得るべき教訓を書こうと思う。基本的に記事一つに名言を一つ(たまに二つとか)を引用するが、そうでないときもある。

サクラノ詩  草薙直哉の名言 足の震えを止める為に一歩を踏み出す

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人によっては環境を変える時も、私のように変な自問自答はしないかもしれないが、今日は一歩を踏み出す時に踏み出せる勇気をくれる一つの名言を紹介しようと思う。

 

 

「いつだって決断する時はそうだ、足が震える。その一歩を踏み出せない様な気がする。だからこそ、俺はいつだって踏み出すんだよ。そうすれば、震えは止まるのだから。」 

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これはサクラノ詩というビジュアルノベルの主人公、草薙直哉↑の名言である。

 

 

これは現在の私にもっとも効く名言である。

 

 

 

思えば、コンビニバイトを1月の真ん中で辞めて、二次元業界の入らんがため、簿記試験の勉強をしてきて、その試験も3日前に終わり、予定通りと言えば、予定通りに事は進んできている。

 

 

 

1か月後にはきっと面接も終わり、東京の移住先も決め、いよいよ働き始めようとしている自分が・・・いるようにしたい。。。

 

 

そう、私は働きたいのである。「自分は社会に貢献している。」という自分を誇りたい。「親に迷惑ばかりかけている自分ではない。」と思いたい。

 

 

働いている時は毎日のように「めんどくせぇ」「仕事だるい、辞めたい」と言ってきた私だが、そんな事を言って5年が経った今私ははっきりと自覚した。

 

 

「結局、私は働きたいのだ。」

 

 

と。今までは約5年の飲食店の店員と3ヵ月のコンビニ店員をしてきたが、私は正直に告白すると、99.9%以上は金のためにだけに働いていたと思う。

 

 

別にそんな事は珍しい事ではなく、100%そうでもなんら不思議はないと思う。だが、今までの仕事をすべてを辞め、今現在無職の私がいるという事は、私はそれでは嫌だったのだつくづく思う。

 

 

10%でも20%でもいいから金以外にも、「この仕事だから。」という何かが欲しいのだ。

 

 

それならやはりアニメとかエロゲとかが好きな私はその業界に入ってみる以外に道が考えられない。

 

 

「趣味は仕事にするものじゃない」

 

 

的な意見はよく聞くし、そういう風に思う人の気持ちもわかるつもりだ。しかし、自分が好きな業界で良い感じの人たちに囲まれ、充実感もあり、雇用主の会社または業界の力になれている事を実感できたのならそれはきっとすごく幸福な事だと思う。

 

 

 

ずっと客の目線だったがゆえに失望する事もあるかもしれないが、「この仕事を続けたい。」と思える仕事に就けるとしたらもうそれしか私には思いつかない。

 

 

だから私はもう業界に入ってみるしかないし、自分でもそのように状況を調整してきた。簿記試験が終わり合格発表が出次第、候補の会社に応募するつもりである。

 

 

しかし、ここにきて、私の大きな不安を感じ始めている。

 

 

 

 

「応募して、業界に入って、それが自分の想像とはかけ離れていて、こんな仕事はしつたくないと思えるような場所だったら?いくつか場所を変えたとして、それでもそうだったら?そもそも『しゃーせー』とか『あざーしたー』しかろくに人前で喋ってこなかった自分がちゃんと人とコミュニケーションを取れるのか?いろいろやっても結局、上手くいかなくて実家に帰ってきたとして何の仕事をする?また飲食店とかで金のためだけに働くのか?今は父親が一杯稼いでいてくれるからいいものの、その後は?いい加減親を少しは安心させてやりたい。そう思うなら、金のためだけでもいいからどこかで正社員を目指すべき?でも、今までそれが出来なかったから今の自分がいる。だったら最後の希望であり、最後の挑戦として業界に入って納得できるまでやるしかない。それでもだめだったら・・・?」

 

 

 

と堂々巡りのような答えは決まっているというか決めたはずなのに、さんざんこれまで好き勝手やってきたが、そろそろ潮時なのは自覚しており、「最後」を自分で決めるべきだったし、事実そうしたが、その最後に踏み出すのが私は怖いのだ。

 

 

その「最後」すらも上手くいかなかったとき。それを考えるととても怖い。だから、「もうちょっと無職しててもいいんじゃね・・・?」等と心底ダメダメな提案を私の中のダメな部分が囁きかける。

 

 

 

きっと、ここで、そっちに流れたらいろいろな意味で私の人生が試合終了になる気がする。

 

 

だからこそ、私はこの23歳から24歳にかけてのこの一年でいろいろなものにケリを付けたいと思う。

 

 

 

 

踏み出せない足の震えをずっとそのまま、震えたままにしたいという人はいないはずだ。

 

 

 

足の震えを止めたいから踏み出す。論理としては「痛いのは嫌だから避ける」的なネガティブ的とも思える考え方だ。

 

 

これを「勇気」と言うのかどうかは分からないが、私は私自身の事を勇気とか根性とかとは無縁なヘタレだと自認している。そんな私でも動く気になるのだからきっとこの名言はヘタレに効く名言なのではないだろうか。

 

 

 

 「根性だ!気合を入れろ!逃げるな!勇気を出して踏み出せ!」とポジティブ全開で言われるよりは自然と背中が押される気がするのだ。

 

 

 

なにはともあれ、これから数週間、数か月、私の日常は大きく変わる。いや、変えてみせよう。

 

 

 

ちなみに、サクラノ詩は近年では一番と言えるほどのシナリオゲーだと私は思っている。難解な部分もあるが、これほど人生を感じさせる作品はクラナド以来な気もする。

 

シナリオだけでなく、音楽とCGも非常にクオリティが高いものになっている。気になっている人はやってみてはどうだろうか。

 

 

 

 

今日の記事から私が得るべき教訓は、

 

・足が震えたときは、足の震えを止めるために一歩を踏み出せばいいという事だ。

 

 

結局、「一歩踏みだす」という結果は同じだとしても、この言葉はどうも私にフィットしている気がする。