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アニメの名言から学ぶ!

アニメやエロゲの名言とかから何かを学びつつ、それに関する自分の考えとか体験談を書く。また、物語シリーズで私のお気に入りキャラである貝木泥舟さんっぽく最後にその日の記事から得るべき教訓を書こうと思う。基本的に記事一つに名言を一つ(たまに二つとか)を引用するが、そうでないときもある。

俺ガイル 比企谷八幡の名言 逃げちゃダメ?

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数年前から割と有名になってるので、ご存じの方もいるかもしれないが、正式タイトル「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」、通称「俺ガイル」をご存じだろうか?

 

 

私はネット上でやたら「俺ガイル俺ガイル」と話題になっていた時、「『俺ガイル』ってなんだよ?ストリートファイターのあいつかよ。」と思ったが、そういうわけではなかった。

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ストリートファイターのあいつ

 

正式タイトルを見れば「どんだけ無理やりだよ。」とも思ったが、いざ自分も「俺ガイル俺ガイル」と言い出せば馴染んでしまうから不思議なものだ。

 

 

まあ、ともかく、その「俺ガイル」というアニメ(原作はライトノベルだが)の主人公、比企谷八幡という男は主人公という意味でも、二次元キャラという意味でも、まさに稀にみる、異彩を放っているキャラである事は間違いないと思う。

 

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いつも↑こんな死んだ魚のような目をして、捻くれており、常に世の中を斜めに見て、詰まる所はダメな奴なのだが、彼ならではの斬新な思考から生まれる、数々の妙に説得力があり、かつ興味深い名言は本当に面白い。

 

 

挙げればいくつもあるのだが、今日は中でも興味深い、以下の名言について考察しようと思う。

 

 

「『逃げちゃダメ。』なんて、強者の考え方でしかない。いつも自分が悪いなんて事はない。社会が、世の中が、周囲が、誰かが間違っている事だってたくさんある。『自分は変えられる。』なんてのはそのゴミみたいな冷淡で残酷な世界に順応して、負けを認めて隷属する行為だ。綺麗な言葉で飾って自分すらだましている欺瞞に過ぎない。」 

 

これを聞いた時、私は「~誰かが間違っている事だってたくさんある。」まではすんなり理解出来たのだが、そこから後は、「ん?何言ってんだこれ?」とちょっとよく理解できなかった。

 

 

前半の方は言葉の通り理解すればいいはずだ。よく言うのは「逃げるな。」「逃げたってどうにもならない。」とかだ。

 

 

「ぐだぐだと不平不満を言って逃げていても仕方がないから、頑張って逃げずに立ち向かえ。」

 

という考えはよく言われるだけあって正論だと私も思うし、言っている比企谷自身、そんな事は分かっているだろう。

 

 

 

どう考えても、「え、なんでこれが俺のせいなの?俺が悪いの?」なんてケースはよくある事だ。

 

 

 

例えば、私の経験談だが、当時私が飲食店で働いていた時の事だ。

 

 

客からサワーの注文が入り、滅多に入らないメニューでしかも、「ちょっと〇〇な感じでお願い。」という感じでめんどくさい注文もつけられ、正直に「分からないな。」と思った私は店長に

 

「お客さんからサワーの注文で〇〇なんですけどどうすればいいですか?」

 

と聞きいったが、何やら熱心に壁を掃除しており、「んー、〇〇して。」とこちらもみないで適当に返事を返し、私が「えーと、じゃあ、〇〇なようにすればいいですね。」と確認し、「あー、うん、そうそう。」とまたもやこちらも見ないで適当な返事を返され、そして私は一抹の不安を抱えながらも、他の仕事も溜まっているため言われたとおりにしてみた。

 

 

 

結果としては、客には文句を言われ、戻ってそれを報告すれば今度は店長に怒られるという結末に終わった。

 

 

しかも、「間違えたんだからちゃんと俺に謝れ」と店長に言われ、軽くイラッときた私は「俺ちゃんと店長に確認もしましたよね?これ俺が悪いんですかね?」と反抗し、まあ、関係は悪化した。。。

 

 

 

今、思い返しても、あの時の自分が悪かったとは思えないが、それでも、

 

客<店長<店員である私

 

という力関係がある以上、「この中で悪いのは誰という事になるか?」といえば、形としては「私が悪い」という事に落ち着くのである。(私がどう考えても「店長がわるいだろ」と思ったとしてもだ)

 

 

しかし、私が反省しようと思っても、「あの時はあれが最善であり、自分が悪かったとは思えない」と思っている以上、これは先の名言における、

 

「いつも自分が悪いなんて事はない。社会が、世の中が、周囲が、誰かが間違っている事だってたくさんある。」

 

これに当てはまる事になるだろう。

 

 

 

次の「自分は変えられる」というのは、おそらく、言葉で言えば「逃げない」とか「受け入れる」とか、言葉通り「自分の努力で他人や社会を変えられると思う」事とかじゃないかと思う。

 

 

 

先の私の例でいうと、理不尽だと思うのに自分のせいにされ「謝れ」と謝罪を要求された時、自分の無実、正当性を誠心誠意主張し、さらには店長に己の過ちを認めさせ、

 

 

「うん、うん、そうだね。俺が悪かったよ!ほんとうにごめんな!」

 

 

とでも言わせられれば、「世の中の理不尽に逃げずに立ち向かい、見事に勝った。」と言えるのかもしれない。

 

 

 

しかしもし100回やり直せるとしても、100回中100回それを失敗する自信があるし、どうすれば説得できるかなんて思いつかないし、そもそもそうしたいとすら思えない。「あぁ!?何言ったんだ。お前が悪いんだろうーが!」とさらに当たりが強くなる未来しか想像できない。

 

 

決めつけにかかっていてさらに立場が上の人間に下の人間が何か言おうと、状況は良くなるどころか悪くしかならないだろう。

 

 

ならば、イラつきを抑えて「すみませんでした。」と要求に答えて、謝罪をすればよかったか?

 

 

今後もその職場で続けていくつもりなら謝罪をした方が利口だし、多くの人はそうするだろう。

 

 

しかし、そうやって、我慢する事も、または、その理不尽さを受け入れて、自分の行動で自分が間違っていると思う他人や社会を変えようとする事も、比企谷が言う所の、

 

「そのゴミみたいな冷淡で残酷な世界に順応して、負けを認めて隷属する行為だ。綺麗な言葉で飾って自分すらだましている欺瞞に過ぎない。」

 

のだと思う。ちなみにこのゴミみたいな冷淡で残酷な世界」というのは「自分ではなく、社会や世界が悪いのに自分が悪い事にされる世界」という事だろう。

 

 

確かに、比企谷の言う通り、「自分が悪い事にされた」という事を受け入れた時点で世界に順応して、負けを認めて隷属する行為というのはそうなのかもしれないと私も思う。

 

 

 

「言いたい事はわかったけど、んで?文句言ってどうすんの?」

 

 

という事だが、比企谷はそもそも文句は言っても、問題の解決などする気が無いのだ。彼がするのは

 

「問題から一時的に逃げる事、先送りにする事、とりあえずの問題を解消」

 

である。作中、彼は彼ならではの捻くれた価値観から他の人では思いつかないような方法で、問題の解消、先送りを成功させる。

 

 

友情・努力・勝利」というような「王道」を行く数々の主人公の中、自分で言っているが彼は「卑屈・悪知恵・個人プレー」で「斜め道」を一人で歩いているような感じだ。

 

 

彼の活躍の数々を見ていると、逃げる事や問題の先送り、誰かと協力しない個人プレーといった一般的に良くないとされる事柄が必ずしも悪い事ではないと思わせてくれるから不思議である。

 

 

 

 

 

今日の記事から私が得るべき教訓は、

 

・やはり比企谷八幡というキャラはオンリーワンだという事だ。

 

 

今までにないキャラににも程があって面白すぎるよ。