アニメの名言から学ぶ!

アニメやエロゲの名言とかから何かを学びつつ、それに関する自分の考えとか体験談を書く。また、物語シリーズで私のお気に入りキャラである貝木泥舟さんっぽく最後にその日の記事から得るべき教訓を書こうと思う。基本的に記事一つに名言を一つ(たまに二つとか)を引用するが、そうでないときもある。

本当に戦争とかいろんな争いを止めるにはサイコパスのシビュラシステム的な仕組みかガンジー的精神しかないと思うのだ

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世の中がろくでもなくて、流れるニュースもろくでもないものばかりなのは今に始まった事ではない。

 

 

だが、近年はその傾向がますます増加している気はする、どこどこで爆発テロで何人死亡だのなんだのと。私が今こうしてのんきにブログなんかを書いてる間にも世界のどこかでは凄惨な殺し合いが繰り広げられているという事実。

 

 

平和ボケした私からすると、にわかには信じがたいが、これはどうしようもない真実であり現実なのだろう。

 

 

毎日のように、アニメやらゲームやらをして、美味しい物も食べていて、さらには働きもしていない、(就職準備期間である)平和ボケの権化のような私が平和を語るなどおこがましい事なのかもしれないが、なんとなく語りたくななったので語る事にする。

 

 

 

「平和な世の中、戦争がない世の中がいい」

 

 

そんな事は多くの人が思っていることだろう。それは私もそうである。ではどうすればその「平和」を実現する事が出来るのか、それを私なりに考えてみる。(戦争とか争いが既に起きてしまっている状態からどうすればいいかを考えてみる)

 

 

 

 

まずは私なりに世界情勢をみるとする。

 

 

たとえば、昔のように日本対アメリカ、ドイツ対アメリカとか、そういう国対国、という構図ではなく、宗教、もっと言えば「思想対思想」という構図なように思える。

 

 

国対国なら、日本という国やアメリカという国がどこにあって、どこまでがその国に含まれるかはみな知っているだろう。

 

 

だからこそ、単純だが、片方を全滅させる、または降参するまで殴り続けるなりすれば、一応その時点で戦争はとりあえずなくなり、平和になるかもしれない。(アメリカと日本の決着などはそういう構図だと思う。)

 

 

 

しかし、国ではなく、思想ともなると「〇〇に住んでいる人」のようにと場所を特定する手段がない

 

 

国対国の構図でいえば、殴る相手がどこにいるかわからない、仮に分かったとして一回倒しても、次から次へと予想不可能なあちらこちらからどんどん敵が現れる、といった感じなるだろう。

 

 

それに、「敵がそこにいる」と分かった時には既に問題が発生した後、言い換えれば、問題が起こってからじゃないと敵の場所が分からない、という状態だ。後手後手なのである。

 

 

「これをどうすればいいのか。」いきなり結論だが、平和への道は2つしかないと思うのだ。それはタイトルある通り、

 

 

サイコパスのシビュラシステム的な仕組みを作るか

②どちらかがガンジー的精神で事に向かうのか

 

 

二つに一つだと思うのだ。

 

 

 

それでは①から見ていきたいと思う。まず、「サイコパス」とはアニメの事である。このアニメでは「シビュラシステム」という国民の精神状態や精神的傾向を数値化、管理するシステムがあり、その数値が一定の基準を超えた、つまり「シビュラシステムに危険人物と判断された人間」(作品内では潜在犯と呼ばれる)に対しては問答無用で拘束、または殺傷する事が認められいるというものだ。

 

 

 

徹底した管理社会というやつである。どこかでテロをしようとか、殺人をしようとか危険な事を思えば、それをシステムに探知され、役人の方がやってきて捕まる、または殺されるのである。

 

 

まさに、「恐怖による犯罪や争い事の予防」だ。

 

「悪い事考えないでね、考えたら捕まえるか殺すかするからそのつもりで。」

 

国からそう宣言されて日々を暮らすというのは一体どれだけの恐怖だろうか。しかし、確かにこの仕組みならば、犯罪や争い事を考えたり起こそうものなら、文字通り「命懸け」である。

 

 

犯罪などは当然激減するだろう。(もちろん、それでも他に浮上する問題は多々あるのだが、そのあたりはアニメを見て確かめてほしい。)

 

 

 

問題を起こされる前に敵を探知、排除するのなら、それこそ、先に話したサイコパスの「シビュラシステム」のような仕組みが無ければ不可能だろう。

 

 

 

国民の精神状態や精神的傾向を数値化、管理するシステムなんてものは創作の中だから実現可能だと思われるが、何十、何百年も経てばもしかしたらそんな究極とも言えるような管理社会が100%来ないなんて根拠はないがしかし、現状すぐにそんな事は出来ないだろうし、そんな世の中を心底ごめんである。

 

 

 

 

 

 

 

次に②のガンジー的精神だ。ガンジーと言えば、人物名とともに「非暴力・不服従」というキーワードが浮かんでくる人も多いのではないだろうか、ここでは特に「非暴力」の方の思想について話す事にする。

 

 

 

ガンジーが掲げる「非暴力」の思想とは、愛と自己犠牲によって、相手の良心に訴え、相手の鉾先を鈍らせる方法である。

 

 

具体例を話すと、これは高校の世界史の教師から聞いたガンジーの逸話だが、彼はなんの武装もせず、丸腰のままで自分に向けて銃を向けている兵士に近づいていき、こういったらしい、

 

 

「あなたはなぜ、そこに立っているのですか?」

 

 

その顛末はあまり覚えていないのだが、自分に凶器を向けている相手に対し、丸腰のまま近づくという時点でもう凄すぎである。この世の善とはそのほとんどが全て偽善なように考えている私も、彼のこの行動こそは真の善だと思えてしまう。

 

 

 

ここで一つ、グリザイアの楽園という作品のヒース・オスロから一つの言葉を引用しようと思う。

 

「殺さなければ殺される。だから殺される前に殺す。それが唯一のルールだ。」

 

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人を殺す事に納得出来るような理由をつけるとしたら、これは単純だが、もっとも説得力がある理由ではないだろうか。

 

 

相手が自分を殺そうとするから、自分は死にたくないから、先に自分が相手を殺す、そんな状況に陥って、このように人を殺した相手を責める事は私には到底出来ないだろう。

 

 

人間が自分自身にしか心底興味がなく、身近にいる人、友人とか親などが死んでもなんとも思わないように出来ているなら、大規模な戦争なんかにはならないかもしれないが、幸か不幸か、人間には愛もあるし憎しみもある。そして、それぞれで国とか思想とかコミュニティを形成している。

 

 

一度誰かが死ねば、一時期流行ったが、「やられたらやり返す!倍返しだ!」の流れで際限が無くなり、どんどん大規模になっていくだろう。

 

 

 

よく言うが、「憎しみは憎しみしか生まない」というやつだ。

 

 

 

ならばどこかで切るしかないのである。どこかのタイミングでやってやられてのを繰り返しを、どちらかがやられっぱなしで我慢し続けるしかないのだ。

 

 

 

AとBの1対1の喧嘩で例えるなら、AはBに殴られたのを最後に、無抵抗になる。それを見たBはたぶん調子づいてある程度殴り続けるだろう。そのままBの気が晴れるまでAは殴り続けられるのだ。

 

 

そうすれば、Bが並の人間であるなら、おそらく、罪悪感とか、自分がAを殴り続ける理由を見失っていくはずだ。

 

 

「さっき殴られたから」こそBは殴り続ける事が出来るのだと思う。さっきも、その前も、もっと前も、全部自分が殴っているだけだったらきっとBはなんの罪悪感や疑問もなしにAを殴り続ける事は出来ないだろう。

 

 

 

確か、昔のポケモンの映画かなんかで、ピカチュウ対偽ピカチュウみたいのがあって、偽ピカチュウが本物ピカチュウを殴り続けていたら、そのうち、殴りながら泣き出してしまい、殴るのを止めたなんてのがあったと思う。そんな感じである。

 

 

 

だから、どっかの誰かがテロだのなんだのやらかしても、次から次へと予想できない相手に対抗なんて無謀な事はしないで、放置するべきだと私は思うのだ。

 

 

 

どこにどれだけいるのかもよく分からない相手に対抗するなんてのは無理ゲー以外の何物でもない思うのだ。

 

 

 

 

無抵抗で好き放題させて、その彼らが自分の行動理由に疑問を感じ、やがては行動しなくなるまで待つしかないのではなかろうか。(まあもし、心底テロとか人殺しとかが好きで好きで仕方がない。なんて趣向の人間ばかりだったなんてそんな最悪な仮定は置いておこう。。。)

 

 

しかし、「やられたらやり返す」これを越える事が出来ないから今のような感じなのだろうと思う。まあ、誰も、やられっぱなしの役回りなんてやりたくないと思うのも当然だろうから・・・なんかもうほんとに難儀である。

 

 

 

 

 

最期に引用した作品を軽く紹介しよう。「サイコパス」はもう既に書いたが恐ろしい管理社会と化した日本が舞台のアニメである。

 

 

前に記事を書いたが、虚淵玄さんが脚本を担当しており特有の容赦の無さ全開であり、また非常にメッセージ性のある作品だ。少々グロテスクな描写もあるので、かなり苦手という人は注意しておいた方がいいだろう。

 

 

 

 

 

次にグリザイアの果実、というかグリザイアシリーズ(迷宮、楽園)だが、設定が変わっていて面白いし、ギャグ、シリアス、雑学、など多くの要素を持ち合わせており、数多くの主人公始め、人生の指針となるような素晴らしい名言が多数含まれている。

 

 

原作はビジュアルノベルでアニメ化もしている。アニメは見視聴だが、原作の面白さは既に3週してしまったほどに面白いのでおすすめである。

 

 

 

 

 

 

 

今日の記事から私が得るべき教訓は、

 

・世の中本当に物騒でろくでもないけど、その中でなんとか生き抜いていけるようにと考えなければな、という事だ。

 

 

これを私は肝に銘じよう。